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筆を初めて造ったのは、中国大古三皇の一人黄帝の側臣である蒼頡(そうけつ)という人と伝えられているが、その頃は聿(ふで)であって、鉄などを錐のようにして、岩や獣骨に文字を彫りつけるのに用いられていた。その後、竹や木の先を尖らし、竹簡、帛(きぬ)などに文字を記すようになったが,獣毛を使って現在のような筆を作ったのは,新時代の蒙恬(もうてん)将軍で、枯木を管(じく)とし、鹿毛を柱(しん)に、羊毛を被(おおい)として造った筆を始皇帝に献上したのが始まりといわれている。

現存するわが国最古の筆は、奈良正倉院所蔵の、天平筆、雀頭筆とされており、芯の毛と紙を丹念に交互に巻きつける当時の製法を示す古筆である。わが国の製筆起源は、今から一千百余年前、空海・弘法大師(774〜835)が入唐して製筆法を究め、帰朝後その技法を、大和国高市郡今井の人「坂名井清川」なるものに伝授して筆を造らせ、時の帝 嵯峨天皇に奉献したという記録が残されている。その当時の字体の変化にともなう狸毛筆など、製筆法の改良苦心もうかがわれ、空海ならびに坂名井清川は、わが国における製筆の開祖ということができる。

当時、筆子とよばれる筆匠の行う製筆は天業とされ、朝廷に「御筆司所」が置かれて、臣下の請願によって必要に応じ一管の筆を下げ渡すというほど、筆は貴重品であったと伝えられている。

「奈良筆」の由来は、その昔奈良春日野に鹿を放牧して、兎毛筆に鹿毛を混じえて筆先に一層の柔剛を与えて書き味の良さを加え、伝統工芸品として特色のある技法を完成し、今日の「奈良筆」の隆盛を招いたものといわれるが、観光都市奈良の風物誌神鹿の由緒と軌を一にして一興である。

明治の初め、羊毛筆が造筆工芸の主流となった。製筆技術も改良され、捌筆、糊で整形された仕上筆と、幾多の変遷を経ながら学制の普及発展と併行して躍進的な発展を遂げたのであるが、造筆作業そのものは、伝統的な家内工業とし筆匠の手に着実に継承され今日に及んでいる。 |
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